はじめに
今回お話を伺ったのは、新卒で入った会社を約1年で辞めて、オーストラリアにワーキングホリデーで渡ったRikuさん。2026年4月に渡航し、ケアンズ、シドニーを経て、取材の時点ではメルボルンのユニクロで働いています。
社会人になってから海外に出るか迷っている人や、ワーホリを「とりあえず海外に行ってみる」で終わらせたくない人に、ぜひ読んでほしいお話です。
オーストラリア ワーキングホリデー 経験者・Rikuさん
今回はこの方にお話を伺いました!
- NAME名前
- Rikuさん
- 渡航当時
- 社会人(新卒で約1年勤務後)
- 滞在先
- オーストラリア(ケアンズ→シドニー→メルボルン)
- 滞在期間
- 1年(ワーキングホリデービザ)
JAPANSYDNEY
原点は、大学4年で働いた留学生寮。「戻れるボタンがあったら押したい」仕事
Rikuさんの話は、ワーホリの前から始まります。大学は経済学部の国際経済学科。2年生のころに留学を考えたものの、コロナ禍でアルバイトもままならず、資金が作れずに断念しました。就職活動は早く、3年生の冬にはもう内定が出ていたそうです。
転機は、その後の4年生の1年間でした。通っていた大学には、海外からの留学生が半年〜1年の周期で入れ替わる、最大100人規模の留学生寮があります。Rikuさんはそこに住み込みのスタッフとして働いていました。仕事は、区役所での手続きの付き添いや日本語の学習サポート、イベントの引率に加えて、住み込みならではの寮生同士の人間関係の調整まで、幅広かったそうです。
その仕事が本当に忘れられなくて。今でも、目の前に戻れるボタンがあったら押したいくらい、本当にやりたい仕事だったなと思っています。ただ、卒業と同時に辞めなきゃいけなかったんです。
本人は「就職が早く決まりすぎたせいで、心変わりした」と笑いますが、この1年で「国際的なことに関わりたい」という気持ちははっきりしたそうです。そこで、会社に入って3〜5年したら海外に出ようと考えながら、地元・群馬のエネルギー総合商社に新卒で入社しました。
いちばんリスクが小さいのは、若いうち。だから、入社3か月で決めた
ところが、入社してすぐにその計画を前倒しすることになります。このまま働き続けると、ライフステージが進んで、かえって海外に行きづらくなると考えたからです。入社した4月の時点で気持ちは6割ほど固まり、6月には行くと決めていたといいます。入社から2〜3か月での決断でした。
新卒1年で会社を辞めて海外に行くのは、思い切った決断に見えます。ただ、Rikuさん自身の受け止め方は少し違いました。
思い切った決断ではあると思うんです。でも長い目で見たら、そこまで大きな決断ではない気がしていて。年を取るごとに、家族ができたりして海外に行くのは難しくなるじゃないですか。だったら、一番リスクがないのは若いうちなので。
Rikuさんによると、海外に出るのにいちばんリスクが小さいのは大学生のころで、その次が社会人になったばかりの今だそうです。年齢を重ねるほど、仕事の責任や家族のことなど、考えることが増えていきます。「いつか行こう」と先延ばしにするほど行きにくくなる、というのがRikuさんの考えでした。
ただ、まったく迷いがなかったわけではありません。
長い目で見ればそうなんですけど、やっぱりその当時の自分からすれば、踏み切った決断ではあったと思います。
大学2年生のころにも留学を考えていましたが、コロナ禍で資金が作れず、一度あきらめています。その経験もあって、次のタイミングは逃したくなかったのかもしれません。「いつか海外に」と思いながら、仕事や生活が落ち着くのを待っている人は多いと思います。行くかどうかだけでなく、「いつなら行きやすいか」で考えてみるのもひとつの方法です。
ビザは代行サービスに、細かい手続きはAIに。頼り先を使い分けた準備
ワーホリの準備で、Rikuさんがまず頼ったのはビザ申請の代行サービスでした。無料で申請を代行してくれるところを選んだので、追加の費用はかかっていません。そのほかの細かい手続きは、AIを使いながら自分で進めました。
AIがあったので。個人情報のところ以外は、画面のスクショを渡せばだいたいやれるんです。そういう意味では、ワーホリのハードルはすごく低くなっていると思います。
社会人として働きながらの準備は、時間との勝負です。わからない画面が出てきたら、スクショを撮ってAIに聞いていたそうです。プロに任せるところと自分で進めるところを分けるのは、忙しい人でも取り入れやすいやり方です。一方で、住まい探しや仕事探し、現地でのトラブルまで一人で対応するのは不安という人も多いと思います。そういう場合は、渡航前の準備から現地での生活までサポートしてくれるエージェントに相談しておくと安心です。
一度働けば、社内に履歴が残る。だから、メルボルンのユニクロにもすんなり入れた
オーストラリアでの仕事は、ユニクロです。シドニー店にネットから応募し、シーズナル(期間限定)スタッフとして採用されました。日本の会社なので、雇用契約もきちんとしています。契約期間が終わって次の仕事を探すときにも、このユニクロでの経験が役立ちました。
ユニクロでの経験は、自分の中でいい経験だったなと思っていて。しかも一度働いたので、社内に履歴が残っているんです。だからメルボルンに移ったあとも、簡単にアプライして、すんなり入れました。
海外での仕事探しは、ワーホリで苦労しやすいところのひとつです。その点、世界展開している日本企業で一度働くと、その実績を次の都市でも生かせます。シドニーからメルボルンに移っても仕事が途切れなかったのは、そのおかげでした。
移民国家の接客英語は、教科書と全然違う。だから、ひたすら真似した
とはいえ、仕事そのものは簡単ではありませんでした。難しかったことは2つ。スタッフ間の指示を理解して遂行することと、お客さんへの接客です。
オーストラリアは移民国家なので、本当にいろんな国の人が英語を喋っているんです。イントネーションも喋り方も全然違う。聞き取るのは、教科書とはまた別物だなと思いました。お店はすごく忙しいので話すのも速いし、省略される言葉も多いんです。
そこでRikuさんがやったのは、ほかのスタッフの真似をすることでした。
接客の言葉って、文法としては習っているかもしれないけど、実際になんて言うのかは分からなかったんです。だから、他の人がなんて言っているかを、とにかく真似しましたね。
住む場所も仕事も、全部自分で決める。だからワーホリは、覚悟を持って行くもの
ワーホリを人に勧めるか。この質問には、言葉を選びながら答えてくれました。
大変は大変ですね。気軽に「ワーホリ行ったほうがいいよ」とは言えないです。留学なら学校にある程度守られていると思うんですけど、ワーホリはある程度サバイブしなきゃいけないので。住む場所もやる仕事も、全部自分で決めなきゃいけない。
たとえば家探しです。Rikuさんはいま、その家に住んでいる人から1部屋を借りて暮らしています。不動産会社は間に入らず、借りる相手と直接やりとりして決めました。
契約書みたいなものはないんです。ネットで部屋の募集を見つけて応募して、内見して、「じゃあ住みます」と言ってお金を払う。それだけです。車の売り買いも、知らない人同士で直接やりますから。
部屋を書面なしで借りたり、車を持ち主から直接買ったりするのは、日本の感覚だと驚きますが、オーストラリアでは珍しくありません。誰かが段取りしてくれるわけではないので、自分の目で見て決める場面が増えます。大変ではありますが、そのぶん自分の力で暮らしを組み立てる経験ができるのも、ワーホリならではです。
荷物を絞って、3つの街を移り住む。暮らしも考え方も、いい意味で断捨離できた
Rikuさんはこの半年あまりで、ケアンズ、シドニー、メルボルンと3つの街を移ってきました。荷物を絞って移動する生活は、持ち物だけでなく、考え方にも影響したといいます。
日本にいたときは、部屋にいらないものが多かったなと思うんです。こっちでは必要最低限で暮らすようになって、その考えが荷物だけじゃなくて、生活スタイルとか考え方にも効いている気がして。オーストラリアの人を見ていると、「この人、こういうところは気にしないんだ」みたいな発見もあって。何が自分にとって必要なのか、いい意味で断捨離できたと思います。
移動が多いと、持てるものは限られます。そのなかで、自分にとって何が本当に必要かを考える習慣がついたそうです。
店長と一緒にジムでトレーニング。上下のない職場で受けた刺激
オーストラリアで印象に残っていることを聞くと、返ってきたのは職場の人間関係でした。
職場がすごくフレンドリーで、上とか下とかをあまり感じないんです。シドニーにいたときの店長は、ユニクロの中ではかなり地位が高いはずなんですけど、自分がトレーニングをしていると言ったら「一緒にトレーニングしよう」と言ってくれて、一緒にジムに行ったり。仕事終わりに、全然年上の人たちとご飯に行ったりもしました。日本ではなかなか考えられないなと。
役職や年齢に関係なく、対等に付き合える職場の雰囲気は、Rikuさんにとって大きな発見だったそうです。
肩書きがなくなった場所で、「自分とは何か」を考えるようになった
ワーホリでいちばん得たものを聞くと、Rikuさんは少し考えてから、こう答えました。
日本にいたときは、どこどこ大学の、どこどこの会社の何部の、みたいな肩書きが自分の中にあったじゃないですか。こっちに来ると、そういうものが何もなくなってしまうんです。友達と仲良くなるにも、自分がどういう人間かを相手に伝えないと、本当の意味では仲良くなれない気がして。自分は今、何をしたいんだろうと考えるきっかけになりました。
肩書きがない場所では、自分がどんな人なのかを自分の言葉で伝える必要があります。住む場所も仕事も自分で決める毎日のなかで、自分が何を大切にしたいのかを、改めて考えるようになったそうです。
日本でやりたいことは、今じゃなくていい。だから次は、ベトナムへ3か月
ワーホリのビザは2027年4月までですが、その少し前の2〜3月ごろには、ベトナムに移る予定です。オーストラリアで貯めたお金を使い、観光ビザで3か月ほど滞在するつもりだそうです。
オーストラリアも日本も含めて、先進国ってもう成熟しきっているところがあるじゃないですか。そこには面白みがないなと感じるんです。ベトナムにはアジアのパワーというか、オーストラリアでは感じないものがあって。
ベトナムは社会人1年目のときに初めて訪れ、これまでに3回ほど行っているお気に入りの国です。日本でやりたいこともありますが、それでもすぐには帰らない理由を、Rikuさんはこう説明してくれました。
日本で始めたい気持ちはあります。ただ、それは今じゃなくていい、と思っていて。海外に出た理由が、ライフステージが進むと優先順位的に行きづらくなるから、というものだったので。その優先順位で考えたら、日本でやりたいことは今じゃなくていい。感情というよりは、考えとしてそう決めています。
行きたいかどうかの気持ちよりも、「今しかできないことはどれか」を優先して決めているそうです。入社3か月でワーホリを決めたときも、同じ考え方でした。
自分が「外国人」になって、わかったこと。いつか日本で、外国人を支えたい
日本でやりたいことは、大学4年のときに働いた留学生寮の仕事につながっています。
平たく言うと、外国人のサポートを何かしらの形でやりたいと思っているんです。海外に出てきた理由のひとつが、その人たちの気持ちを知りたかったから、というのもあって。
Rikuさんがワーホリに出た理由のひとつは、外国で暮らす人の気持ちを、自分が外国人になって知ることでした。実際に暮らしてみて、その思いはより強くなったそうです。
海外で暮らしてみると、言葉の壁もあるし、ビザみたいな手続きでも、わからなくて困ることがたくさんあるんです。だからこそ、自分が慣れている日本で、同じように困っている人の力になりたい。それが自分にできることなのかなと思っています。
留学を考えるあなたへ
最後に、海外に出ようか迷っている人へのメッセージをお願いすると、Rikuさんはこう話してくれました。
ワーホリに限らず、自分と違う人と関わることがすごく重要だと思っています。「生き方はこういうものだ」と思っていたものが、「こういう生き方をしている人がいるんだ」と感じ取れるから。それは外国人だけじゃなくて、日本人にもいろんな人がいると思うんです。ただワーホリは、環境ごと変えられるので、自分に対する強制力みたいなものが働く。違う人と交わって、自分自身を見つめ直すという意味で、海外に行くのはひとついいんじゃないかなと思います。
日本にいても、自分と違う人と関わることはできます。ただ、海外に出ると環境そのものが変わるので、自然と違う人と関わることになる。その「強制力」がワーホリのよさだというのが、Rikuさんの考えでした。
取材を終えて
Rikuさんの話でいちばん印象に残ったのは、決断のたびに出てくる「優先順位」という考え方でした。新卒1年で会社を辞めたのも、日本でやりたいことがあるのに今は帰らないのも、「今しかできないことはどれか」で決めています。その一方で、原点には留学生寮で働いた1年が忘れられないという強い気持ちがあります。冷静に考えて決める部分と、熱い思いの両方を持っている人だと感じました。
もうひとつ心に残ったのは、肩書きがなくなった場所で、自分がどういう人間かを考えるようになったという話です。大学名や会社名で自分を説明できない環境だからこそ、自分の言葉で自分を伝える必要がある。ワーホリは英語や仕事の経験を積むだけでなく、自分にとって何が大切かを見つめ直す時間にもなるのだと思います。
「いつか海外に」と思いながら、仕事や生活を理由に一歩を踏み出せずにいる人は少なくないはずです。そんな人にとって、「今しかできないことから決める」というRikuさんの考え方は、自分のタイミングを考えるヒントになるのではないでしょうか。
ワーホリの折り返しを過ぎ、次はベトナムに向かうRikuさん。いつか日本で外国人をサポートする仕事をするときには、オーストラリアで自分自身が外国人として暮らした経験が、きっと生きてくるはずです。Rikuさんのこれからの挑戦を、心から応援しています。
