はじめに
今回お話を伺ったのは、高校1年生の夏にカナダ・オンタリオ州へ渡ったMomokoさん。多くの人が大学で経験する留学を、あえて高校1年という早いタイミングで、しかも学校の制度ではなく自分で申し込んで実現しました。
行き先は、トロントから3時間ほど離れた田舎町・キンカーディン。現地の高校での毎日を「学校に行くのが楽しくてしかたなかった」と振り返るMomokoさんは、初日に話しかけた友達と、今も連絡を取り合っているそうです。1年の予定だった留学はコロナ禍で約9か月に短縮されましたが、その時間の濃さは、お話の端々から伝わってきました。
現地の生徒と同じ教室で、同じ授業を受けた9か月。そこで何に戸惑い、どう乗り越え、何を持ち帰ってきたのか。留学を考えている人はもちろん、「高校のうちに行くのもありかも」と少しでも思ったことがある人に読んでほしい話です。
カナダ高校留学 経験者・Momokoさん

今回はこの方にお話を伺いました!
- NAME名前
- Momokoさん
- GRADE留学当時
- 高校1年生
- DESTINATION留学先
- 現地の高校(カナダ・オンタリオ州キンカーディン)
- PERIOD留学期間
- 約9か月(2019年8月〜2020年春)
OSAKAKINCARDINE
小学生で知った「世界に友達がいる」うれしさが、留学の原点
Momokoさんの海外への興味は、小学生のときに始まりました。2週間の海外研修でニュージーランドやフィンランドを訪れ、「とにかく楽しかった」のがきっかけ。中学でもふたたび2週間の研修でニュージーランドへ行き、「学生のうちにもう一度、ちゃんと行きたい」という気持ちが強くなっていきました。
小学生や中学生のときにできた友達とか、世界に友達がいるということが、自分はめちゃめちゃうれしくて。もっと広い世界を見てみたい、と強く思ったんだと思います。
ただ、当時のMomokoさんは中学のダンス部でキャプテンを務めていました。全国優勝を果たすほどの環境で、高校でもそのまま続けていれば、ふたたびキャプテンになっていたかもしれない。それでも、ダンス部を一度休んで留学に行くという選択をしました。
ダンスはもちろん好きだったんですけど、学生のうちにほかのことにも挑戦してみたかったんです。なかでも留学や海外への興味は、小さい頃からずっと強くて。だから、ダンス部を一度休んででも、今行こうと決めました。
両親も「行きたいんやったら行ったらいい」と背中を押してくれたそうです。通っていた高校に留学の制度があったわけではなく、留学エージェントに自分で申し込んで、行く道をつくりました。
行き先として考えたのは、オーストラリア・アメリカ・カナダ。小中で行ったニュージーランドやフィンランドとは違う、新しい場所に行ってみたいという思いがあり、そのなかから選んだのがカナダでした。
最初の1か月。キングストンのおばあちゃんと暮らした語学研修
渡航後、最初の1か月を過ごしたのはキングストンという街。エージェントのプログラムで、日本人の留学生が集まって語学学校のような研修を受ける期間でした。参加者は日本人だけですが、校内では英語しか話してはいけないルール。グループディスカッションや発表が中心の毎日だったそうです。
このときのホストファミリーは、一人暮らしの年配の女性。留学生の受け入れに慣れた方で、Momokoさんはこの1か月を「本当に楽しかった」と振り返ります。
朝ごはんは毎日用意してくれていて、学校から帰ると、まだ4時くらいなのに「ご飯よ」と夕食を出してくれるんです(笑)。そのあとは2人でお散歩に行って、土日も必ず教会に連れていってくれました。常に一緒にいてくれたんです。

英語での生活に慣れていく最初の1か月、いつもそばにいてくれる大人がいたことが、大きな支えになりました。
トロントから3時間の田舎町で、現地の生徒と同じ授業を受ける
研修を終えて移ったのが、本留学先のキンカーディン。トロントから3時間ほど離れた小さな町です。「ダウンタウンと呼べるような場所もあまりない、本当に田舎」で、冬はずっと雪。雪の中を散歩して過ごすこともよくあったといいます。

通ったのは現地の高校。留学生向けの特別クラスではなく、現地の生徒とまったく同じ時間割で、同じ授業を受ける毎日です。朝は家の近くに止まるスクールバスに乗って登校しました。

授業のしくみは日本の高校とは大きく違い、どちらかといえば大学に近いスタイル。学期(ターム)ごとに自分で科目を選び、その学期中は毎日同じ科目を繰り返し学びます。Momokoさんが取っていた科目には、英語や歴史、クッキングを学ぶ家庭科などがありました。クッキングの授業では、ナチョスを作ったり、ハロウィン前にかぼちゃに顔を描いたりと、実習も多かったそうです。


日本だと月曜から金曜まで全部違う授業ですけど、向こうは毎日、国語・算数・理科、国語・算数・理科、みたいな感じ。テストが多かった印象です。

授業が始まったばかりの頃、いちばん戸惑ったのは、現地の人たちの英語でした。
本当にネイティブすぎて、簡単なことを言われているのに聞き取れなくて。何回も聞き直していました。
それでもMomokoさんは、「学校がめちゃめちゃ好きだった」と言い切ります。
学校に行くことが楽しすぎて、早く学校に行きたい、という感じでした。初日から絶対に友達をつくろうと思って行って、実際に初日からできて。毎回ご飯を一緒に食べたり、留学生でまだ英語に慣れていない私に、ゆっくり話してくれる、めっちゃ優しい友達ができたんです。
同じ学校には日本からの留学生もあと2人ほどいて、心強い存在でした。そのうえでMomokoさんは、現地の生徒にも自分から声をかけにいきます。留学生の受け入れに慣れた学校だったことも、その一歩を後押ししました。
パジャマで登校!?日本にはないカナダの学校行事
8月から翌年の春まで滞在したMomokoさんは、ハロウィン、クリスマス、お正月と、季節のイベントをすべて現地で過ごしました。なかでも印象に残っているのが、学校のイベントです。
学校でハロウィンのイベントがあったり、パジャマパーティーの日があって、パジャマのまま学校に行ったり。日本ではありえないですよね。

クリスマスは、家族で本物の木を切ってくるところから始まります。オーナメントもシンプルなものではなく、凝ったものばかり。そしてプレゼントのしくみも日本とは違いました。
日本だと親からもらうものですけど、向こうは家族全員が全員に渡すんです。それまでプレゼントはツリーの下に置いておいて、当日にみんなで開けられる。私は日本のものを親から送ってもらって、家族全員にプレゼントしました。

長期の休みには、友達とレストランや公園に出かけることも。また、エージェントのプログラムで集まった日本人の留学生仲間と、ナイアガラの滝やオタワにも足を運びました。雪の上に温かいメープルシロップを垂らして固めて食べる「メープルタフィー」の味も、カナダならではの思い出です。

自分のことは自分で。ホームステイで知った家庭の暮らし方
キンカーディンでのホストファミリーは、お父さん、お母さん、お姉さん2人の4人家族。それぞれが自分のペースで暮らす、カナダのごく一般的な家庭でした。
朝は家族それぞれの時間で動いていて、私は一人で支度をして学校に行くんです。向こうではそれが普通なんですけど、最初はちょっと寂しかったです。
お昼ごはんは自分でサンドイッチを作って持っていくなど、自分のことは自分でするのが当たり前のスタイル。食卓にはチキン料理など、カナダの家庭の味が並びました。

学校の部活にも入りたかったものの、送り迎えの都合がつかず、別の方法を考えることに。そこでMomokoさんは、幼稚園の頃から続けてきたバレエを、外部の教室で週1回習うという方法を見つけます。体を動かす時間を、自分で確保しました。
最初は戸惑うこともあったんですけど、日本とは違う家庭の暮らし方を実際に経験できたのは、よかったと思います。

いちばんうれしかったのは、初日に話しかけた友達と今も続く関係
留学でいちばんうれしかったこととしてMomokoさんが挙げたのは、今も連絡を取り合っている友達がいることでした。
一番最初に話しかけた子と、ずっと仲良くて。お互いの家に泊まりに行ったり、来てくれたこともあって。ご飯もいっぱい用意してくれて、夜はカラオケをして。めちゃめちゃ楽しかったです。
授業が同じときは助けてもらい、クラスが違っても一緒に過ごす。帰国後も電話をするなど、関係は続いています。「日本に旅行で来てくれたら、どこでも案内したい」と話すMomokoさんにとって、この友人の存在は留学の何よりの宝物になっています。

エージェントのプログラムで出会った日本人の仲間とも、帰国後に再会するなど交流が続いているそうです。
留学で変わったこと① 「間違えてもいい」と思えるようになった
留学当初のMomokoさんは、「文法を間違えたら怖い」という気持ちから、なかなか英語を話せずにいました。それが変わったきっかけは、現地の人たちの英語に日々触れるなかで気づいたことでした。
現地の人でも、「is」と「are」の使い分けのような基本的なところで迷うことがあるんだ、と知ったんです。それでもみんな、当たり前のように自然に話している。「文法が完璧じゃなくても、ちゃんと伝わるんだ」と思ったら、間違えてもいいんだ、と気持ちが楽になりました。
「きれいな文法で話さなければ」という思い込みから自由になると、まずは伝えたい単語を並べるところからでも、どんどん話せるようになっていきました。
正しい英語で話すことよりも、何を伝えたいか。伝えようとする気持ちが大事なんだと思いました。
振り返ってみると、間違いを怖がっていたのは、周りが気にしていたからではなく、自分が気にしていたからでした。「正解を言わなければ」「周りと違うことをしてはいけない」という意識は、英語に限らず、日本で暮らしていると自然に身についてしまうもの。Momokoさん自身も「周りを気にしすぎて、小さくなってしまいがちだった」と振り返ります。英語の文法で得た「間違えても伝わる」という手応えは、その意識から抜け出す最初のきっかけになりました。
留学で変わったこと② 「自分が好きな自分でいる」という視点
もうひとつの変化は、自分自身との向き合い方です。帰国後、周りから「明るくなったね」と言われる機会が増えたといいます。
もともと明るいほうではあったんですけど、留学のあとに言われることが多くなりました。日本だと周りを気にしすぎて、小さくなってしまいがちなんですけど、「自分が好きな自分でいる」という視点が加わったんだと思います。
カナダでは、見た目も考え方も「自分らしさ」があることがよいとされていました。周りと同じであることより、「自分はこう」と違う自分でいることが受け入れられる空気。そのなかで過ごした9か月が、Momokoさんの振る舞いを自然に変えていきました。
さまざまな国にルーツを持つ人が暮らす地域で、誰もが自然に受け入れられている。治安の面でも安心して暮らせたことが、その空気をいっそう心地よいものにしていました。
コロナで早まった帰国と、言えなかった「ありがとう」
1年の予定だった留学は、2020年の春、コロナ禍で突然終わりを迎えます。「このままずっと残るか、今すぐ帰るか」という状況のなか、飛行機が止まる前にと急いで帰国しました。
最後の研修でニューヨークに行ける予定もあったんですけど、行けずでした。街がロックダウンみたいな完全閉鎖になって、学校にも行けなくて。ロッカーもそのまま、友達にも会えないまま。最後に「ありがとう」も言えなかったのが、いちばんの後悔です。
それでも「今もやり取りしている友達がいることが、やっぱり大きい」と話します。別れを言えなかった相手と、今も関係が続いていることが、その後悔を少しずつ埋めてくれています。
日本に戻ってきたとき、看板の日本語に違和感を覚えるほど、カナダの暮らしが体になじんでいたそうです。帰国後は休んでいたダンス部に戻り、コロナ禍のためオンラインからの再開となりましたが、ふたたびダンスに打ち込む日々が始まりました。
留学を考えるあなたへ
高校生での留学は、まだまだ珍しい選択です。Momokoさん自身も、学校に制度がないなかで自分で申し込み、熱中していたダンス部を休んで渡航しました。それでも「行ってよかった」と言い切れる理由を、こう話します。
行ってみないとわからないことばかりですし、実際に行ってみたら、本当に楽しかったので。
コロナ禍で予定より3か月早く帰国し、友達にお礼も言えないまま終わった留学。「あと数か月いられたら」という気持ちは、今も残っています。それでも、迷っている人に伝えたいのは、行ったことへの後悔ではなく、行かなければ知れなかったことの多さでした。
迷っているなら、まずやってみてから考えたらいいと思います。一度踏み込んでみる。行ってみたら、めちゃめちゃいいから。
取材を終えて
小学生のときに感じた「世界に友達がいるうれしさ」を、そのまま行動に変えて高校1年で海を渡ったMomokoさん。打ち込んできた強豪ダンス部を一度休んでまで選んだ留学は、最初は授業の英語を聞き取るのに苦労したり、ホームステイ先の暮らし方の違いに戸惑ったりと、順調なことばかりではありませんでした。
それでも印象的だったのは、Momokoさんがどの場面でも、条件が整うのを待たずに自分から動いていたことです。部活に入れないとわかれば、外部でバレエを習う。英語に自信が持てないうちから、初日に自分から声をかけにいく。文法が不安でも、伝えようとする気持ちを優先して話してみる。そうやって自分から動いた結果が、今も連絡を取り合う友達や、「自分が好きな自分でいる」という考え方として残っています。
英語が完璧になってから、環境が整ってから、ではなく、「行きたい」と思ったときに動く。現地の高校で過ごした9か月も、コロナ禍で突然終わったあとも続いている友達との関係も、高校1年でその一歩を踏み出したからこそ得られたものです。「迷っているなら、まずやってみてから考えたらいい」というMomokoさんの言葉は、留学の時期や行き先を問わず、迷っている人に届くメッセージだと思います。行ってみたら、新しい自分に出会えるかもしれない。この記事が、その一歩を踏み出すきっかけになればうれしいです。

