はじめに
今回お話を伺ったのは、大手ディベロッパーに約5年勤めたあと、会社を辞めてイギリス・ニューカッスル大学の大学院に留学したYumekaさん。専攻はデジタルマーケティング。1年で修士号を取り、卒業後は、卒業生向けの就労ビザを利用して、イギリスでの就職に挑戦する予定です。
給料も生活も安定していた会社を辞めるまでに迷った2年間。ロンドンではなくニューカッスルを選んだ理由。月300ポンドに抑えた「限界」生活。そして、留学を通過点にして挑む、現地就職という次の挑戦。安定を手放すかどうか迷っている社会人の方に、とくに読んでほしいお話です。
イギリス 大学院留学 経験者・Yumekaさん

今回はこの方にお話を伺いました!
- NAME名前
- Yumekaさん
- GRADE留学当時
- 社会人(大手ディベロッパーに約5年勤務後・20代後半)
- DESTINATION留学先
- ニューカッスル大学 大学院(イギリス)
- PERIOD留学期間
- 1年(修士課程)
JAPANNEWCASTLE
高校時代に見たロンドンの街並み。「いつか住みたい」は、剣道部とコロナで二度おあずけに
イギリスへの憧れの原点は、高校生のときの旅行でした。訪れたのはロンドンとエディンバラ。歴史を感じる美しい街並みに、「いつか住んでみたい」という気持ちが芽生えます。
ただ、その「いつか」はなかなか来ませんでした。大学では体育会系の剣道部に入り、留学は部活のルールで完全にNG。それならばと卒業後に1年のギャップイヤーを取って留学することも考えましたが、ちょうどコロナ禍と重なり、断念。そのまま社会人になりました。
就職先は大手ディベロッパー。最初の3年はホテルの開発を担当し、6物件を受け持って4物件の開業に携わりました。その後は海外事業部に移り、東南アジアの住宅案件を本部からサポート。誰が見ても順調なキャリアです。それでも、イギリスへの気持ちは消えませんでした。
社会人をやっているあいだ、ずっと「留学に行きたかったな」「これが本当にやりたい仕事なのかな」というのが頭にあって。このまま行かないと、一生悔いが残るなと思ったんです。
2年迷って、立ち止まって。「一生この状態で働くのは嫌だ」と気づいた日
とはいえ、決断は簡単ではありませんでした。給料は高く、生活は安定して保障されている。それを捨ててまで留学に行く価値があるのか。Yumekaさんは2年ほど迷い続けたといいます。
給料は高かったし、生活もすごく安定していたから、この生活を捨ててまで留学に行くのか、というのは本当に悩みました。
転機になったのは、仕事に追われる毎日のなかで、一度立ち止まる時間ができたことでした。
それをきっかけに、一生この状態で働くのは嫌だなと思って。でも転職というほど固まってもいなかったので、心機一転、一度この毎日忙しい状態から脱出して、自分は何をしたいのかを考えよう、と。それで留学を決断しました。
そこからさらに2年ほどかけて準備をして、イギリスへ。イギリスの大学院は1年で修士号が取れることが多く、社会人がキャリアを中断して学び直すには、ちょうどいい長さでもありました。
ロンドンではなく、ニューカッスル。貯金で行くからこそ選んだ「地方のいい大学」
留学先選びで最初に決めたのは、「ロンドンには行かない」ことでした。留学費用はすべて自分の貯金。ロンドンの生活費の高さを考えると、地方都市で、かつ評価の高い大学がベストだと考えたのです。
私の貯金で行くので、ロンドンは生活費が高いなと思って。地方でもいい大学がいいなと思って、いろいろ調べました。
地方の大学を比較し、ノッティンガム大学とウォーリック大学、そしてニューカッスル大学からオファーを獲得。最終的にニューカッスルを選んだ決め手は、街そのものでした。大学が街の真ん中にあって、生活に必要なものがすべて徒歩圏にそろう。実際に留学した人たちの「ニューカッスルはよかった」という声も、背中を押しました。

街としてはコンパクトで、どこにでもアクセスしやすいのに、欲しいものは全部近くにある。アジアンスーパーもあって、すごく便利でした。電車に乗らなくてもどこでも行ける、いい感じのコンパクトさなんです。

ホテルのプロモーションが楽しかった。「好き」から逆算して選んだデジタルマーケティング
大学院での専攻は、デジタルマーケティング。ディベロッパーでの仕事とは少し毛色が違うこの分野を選んだ理由は、ホテル開発時代の経験にありました。
ホテルの開業ではプロモーションをメインで担当していて、Instagramを運営したり、YouTubeでインフルエンサーさんに撮影してもらったり、記者会見をしたり。自分が頑張って作ったものをアピールしていく仕事がすごく楽しかったんです。
その経験から、会社では広報部への異動希望を出しました。しかし希望は通らず、配属されたのは海外事業部。「会社で叶わなかったなら、自分で学びに行く」。SNSを使って、自分の好きなものをもっと多くの人に知ってもらう方法を学びたい。それが専攻選びの軸になりました。
入社時には「とりあえず大企業に」という気持ちで、やりたいことが明確だったわけではなかったというYumekaさん。いろいろな仕事を経験するなかで「楽しい」と感じたものを、留学の専攻という形で拾い上げたのです。
聞くだけで精一杯だった最初の授業。毎回1回は発言すると決めた
イギリスの大学院の授業は、9月に始まり、授業自体は5月中旬で終了。残りの期間はまるごと修士論文にあてられます。コマ数自体は多くないものの、英語で受ける授業の壁は高く、最初は予習・復習・英語の勉強で1日中机に向かっていたそうです。
なかでも苦労したのが、4〜5人のグループに分かれて議論するセミナーでした。同じグループにはインド出身の学生や現地の学生が多く、とにかくよく喋ります。
最初は耳がイギリス英語やインド英語に慣れていなくて、何を喋っているのか全然わからなかったんです。聞くのが精一杯で、自分のアイディアがあっても言えない。それがすごく悔しくて。
そこで立てたのが、小さくて具体的な目標でした。
噛み合わなくてもいいから、とりあえず毎回の授業で1回は発言することを目標にしました。そうしたら意外とみんな「いいアイディアだね」と聞いてくれて、自分の中では満足できたんです。
聞き取れなかったインド英語も、不思議なことに3か月聞き続けたらわかるようになったといいます。完璧に話せるようになってから発言するのではなく、発言しながら耳と口を慣らしていく。順番が逆だからこそ、3か月で景色が変わりました。

大学全体で日本人は2〜30人。マイノリティとして暮らして、図太くなった
ニューカッスルは、日本人がとても少ない街です。大学のジャパニーズ・ソサエティに集まる日本人も全体で2〜30人ほどで、Yumekaさんのクラスには日本人が1人だけいました。街で日本語が聞こえると、思わず話しかけたくなるほどだったといいます。
ロンドンだったら日本人がいても珍しくないと思うんですけど、ニューカッスルで日本語が聞こえると「日本人がいる!」と思って。1回話しかけようかと思ったくらいです(笑)。
少ないからこそ、現地在住の日本人とはInstagramを通じてつながり合い、狭く深い関係ができていく。一方で、外国人として人の国で暮らす心細さは、1年経っても消えなかったそうです。

1年いても、やっぱり「人の国に住んでいるな」という感じはするんです。差別されないかな、と怖く感じることも。実際には全くなかったんですけど、アジア人だと顔を見ればすぐわかるから、ちょっと怖いというのは今でも感じています。
それでも、その環境がYumekaさんを変えました。変化を一言で表すなら、「図太くなった」。
日本にいたときは「ちゃんとしている人」に見られなきゃと、すごく人の目を気にしていたんです。でも向こうでは誰も自分のことを知らない。友達が欲しければ自分から声をかけるしかないし、英語も自分から練習しに行かないと誰も話してくれない。うまく喋れなくても喋る、人目は気にしない。日本に帰ってきても、周りの目をあまり気にしなくなりました。
広い世界を見ると、自分がすごく狭い世界の中で人の目を気にしていたんだな、と感じます。
生活費は月300ポンド。「限界学生」の毎日が、一番の思い出になった
日本で働いていたころは、自分の給料で食べたいものを食べ、おしゃれなお店にも気軽に行く生活でした。それが留学中は一転、貯金を切り崩す「限界学生」に。旅行の資金を残すため、生活費は月300ポンド(約6万円)に抑えると決めて、食事は毎日自炊。コーヒー1杯すら「買うより家で淹れる」生活です。
友達に「ご飯行こう」と誘われても、「外はダメ、家で作って食べよう」って(笑)。でもみんな同じ状態なので、家に10人くらい集まってご飯を作ったりするんです。お金がない生活を1年間送ったこと自体が、逆にもう思い出ですね。面白いくらい、本当に限界でした(笑)。
毎月開いていたのは、各国の友達が自分の国の料理を持ち寄る料理会。インド、アメリカ、台湾、中国、そして日本。いろいろな国の友達が一つの家に集まりました。

29歳で、こんなにたくさん新しい友達ができるんだ、というのがすごく幸せでした。社会人をしていると毎日会う人は変わらないから、新しい友達ってなかなかできない。でも留学すると、全員が新しい人なんです。

節約して貯めたお金で、友達とポーランド、スペイン、ポルトガル、イタリアへ。LCCで荷物は最小限、ピザ1枚を3人で分ける「限界学生旅行」も、ヨーロッパ中にすぐ飛べるイギリスならではの楽しみです。


暮らしのなかでは、カルチャーショックも。靴を履いたままソファにあぐらをかき、ときにはヨガマットにも靴のまま乗る文化には最後まで驚かされたそうですが、晴れた日に誰もが芝生に直接座る習慣は大のお気に入り。家の目の前が公園で、天気のいい日は友達とコーヒーを買って、芝生でおしゃべりするのが日課だったといいます。

留学をゴールにしない。卒業後は、イギリスで働くことに挑戦
取材の時点で、Yumekaさんは一時帰国中。11月にイギリスへ戻ったら、イギリスの大学院の卒業生が申請できる就労ビザ(Graduate Visa)を申請する予定です。このチャンスを使って、イギリスで働くことを目指しています。
その原動力になっているのは、1年間の留学を終えたからこそ見えてきた、次の目標でした。
1年の留学だけだと、まだまだ伸ばせるところがあると思っていて。実際にこっちで働いてみて初めて、「ちゃんとイギリスで生活していた」と言えるのかなと。だから、絶対にイギリスで働きたいと思っています。
本当にやりたいのは、大好きなホテルのプロモーションの仕事。まずはイギリスで働く経験を積むことを第一の目標に、英語力を高めながら一番行きたいポジションを狙っていく計画です。その先の見通しも、すでに持っています。
イギリスに来て、日本ってやっぱり住みやすい国だなとあらためて思ったんです(笑)。だから2年間働いて、英語もペラペラになって、イギリスで仕事をした経験を積めたら、日本に戻ってこようかなと。
留学を考えるあなたへ
安定した大手企業を辞めて、2年かけて準備した留学。それを終えて今、現地就職に挑んでいるYumekaさんに、留学を迷っている人へのメッセージをお願いすると、こんな言葉が返ってきました。
留学することが目的じゃなくて、留学しながら自分の可能性を模索して、広げていくことが目的だと思っています。ぜひ新しい世界を見て、自分の無限の可能性を探してほしいです。
留学そのものをゴールにしない。だからこそ、Yumekaさんの挑戦は卒業した今も続いています。
取材を終えて
取材のなかで印象的だったのは、贅沢のできない節約生活を、Yumekaさんが本当に楽しそうに話していたことです。生活費は月300ポンド。外食は断って、10人で囲む手作りのご飯。各国の友達が料理を持ち寄る料理会に、ピザ1枚を3人で分けたヨーロッパ旅行。大変だったはずの毎日なのに、話しているあいだ、その顔はずっと笑っていました。
日本で働いていたころは、給料も生活も安定していて、好きなときに好きなものを食べられる毎日。それでも心のどこかでは「これが本当にやりたいことなのかな」と、モヤモヤを抱えていたそうです。お金に余裕があった日本での暮らしと、お金はないけれど毎日が楽しかったイギリスでの暮らし。このギャップに、本当の豊かさとは何かを考えさせられました。満たされるかどうかを決めるのは、お金や安定だけではなく、自分がやりたいことの中にいるかどうか。Yumekaさんの笑顔が、そのことを教えてくれた気がします。
「29歳で、こんなにたくさん新しい友達ができるんだ」という言葉も、社会人になってから留学したYumekaさんならではの実感だと思います。高校時代に憧れた街に住む夢を叶えて、次はイギリスでの就職に挑みます。新しい友達に囲まれて笑っていた1年のように、次のイギリス生活も楽しいものになりますように。Yumekaさんのこれからの挑戦を、心から応援しています。

